大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所大法廷 昭和24年(れ)226号 判決

主文

原判決を破毀する。

本件を東京高等裁判所に差戻す。

理由

辯護人小玉治行の上告趣意第五點及び辯護人島田武夫、小玉治行、平尾東策、龜山愼一の上告趣意第三點、第八點、並に辯護人鍛冶利一の上告趣意第五點について。

原判決はその理由のなかで、被告人は昭和二三年四月二日辻嘉六方に同人の病氣見舞旁々立寄ったところ、同人不在であったため同家應接間で同人の事実上秘書同様の事をして居り且知合の下沢秀夫と會談する裡、談期せずして政治上の問題に言及した際右下沢秀夫に對し「大滝君一派の日本自由黨七、八名は終いには行くところがなくなって仕舞う、此際親父(辻嘉六の事)が口を利いて民主自由黨に復歸する様にしたらよいではないか、そうすれば彼等の面目も立つではないか云々」等の意見を開陳しかつ暗に右代議士大滝龜代司等の民主自由黨え加盟斡旋方について辻嘉六に對する傳言方を慫慂し因て右下沢秀夫をして辻嘉六の静養先において同人に其の旨傳言させ以て政治上の活動をしたものであると判示している。そこで原判決が右判示事実を認定した擧示の證據の一つである原審第五回公判における證人下沢秀夫の供述を原審記録について調べると次の通りである。

裁判長は證人下沢に對して「證人は檢事に對し四月二日辻邸で大久保が殘留組はこの侭では困るから、辻に復黨方の口を利いて貰う様に頼んでくれと申したのに對し、證人はそれは駄目だろうと云ったら、大久保は君までその様なことを云っては駄目ではないかと云って、傳言方を大久保が證人に頼んだ様に申して居り、法廷ではその時の話は四角四面の話ではなく大久保は頼んだのではないが、私はその様なことを辻におせっかいに傳えたと申しているが、これでは檢事廷の證言と法廷の證言では全然違うではないか」と尋ねたところ、右下沢は「事実は法廷で證言した通りであります」「おやぢでも口を利いたらいゝではないか、そうすれば大滝等の面目も立つと云う話をしたのでそれで私はおやぢに話して見ようと云う氣になったのです」と述べた。(記録七六八丁)。次に右下沢は檢察官の尋問に對し「檢事廷の證言は嘘という譯ではないが、公判廷で申したことが正しいのであります」「公判廷の證言は檢事廷の證言と骨子に於ては相違ないということであります」と答えた。(記録七七〇丁)そこで、裁判長は右證人の意見にも拘らず同人に對し「再度訊ねるが證人は檢事廷と法廷に於ては全然違う様に證言して居るが、只今檢事廷も法廷も同じである様なことを申しているがどうか」と念を押したところ右下沢は「檢事廷ではあゝだこうだと訊ねられて種々申上げている中にあの様な調書になったのですが、檢事廷でもあの通りに申したのではなく結局種々申している中にあの様な文章にされたのであり、法廷で申したことが正しいのであります」(記録七七一丁)と述べたのである。

以上尋問の經過を見ると原審第五回公判における下沢秀夫の供述は結局原判決が證據として擧示する第一審第三回公判における同人の供述を裏付けしたに歸するのである。

然るに原判決には前記第五回公判における同人の供述は證據として次の通りに摘録されている。

「檢事廷ではあゝだこうだと訊ねられて種々申上げている中にあの様な調書になったのですが、檢事廷ではあの通り申したのではなく結局申している中にあの様な文章にされたのであり法廷で申した事が正しいのであります(記録七七一丁)然し檢事廷における證言は別に嘘を申し上げたという譯ではないのであります、只骨子においては違いがないと思うのであります(七七〇丁)兎に角四月二日辻邸で大久保が大滝等の殘留組はこの侭では困るから辻に復黨方の口を利いて貰う様に頼んで呉れと申したかどうかについては大久保から傳えて呉れとは申しませんが親父でも口を利いたらいゝではないかそうすれば大滝等の面目も立つという趣旨にとれる話をしたので夫れで自分は親父に話して見ようという氣になったのであります(記録七六八丁)との旨の供述」

右原判決摘録の下沢秀夫の供述は、前掲原審記録の丁數で明なように、右下沢が原審第五回公判で尋問に應じて陳述した順序(記録丁數、七六八、七七〇、七七一)とは逆(丁數七七一、七七〇、七六八)になっていて、その間右下沢の「檢事廷における證言は別に嘘を申し上げたという譯ではないのであります、只骨子においては違がないと思うのであります。」という陳述を挿入している。しかしこの陳述は同人が実驗した事実でも実驗した事実によって推測した事項でもなく(舊刑訴第二〇六條)、同人の意見の表示に過ぎないものであって、證據にとれないものである。両者が相違しているか否かは裁判所が裁斷するところである。仍て裁判長は最後に此の點を指摘し再度尋ねたのであった。然るに原判決はその證據説明中にかような證人の意見に過ぎない陳述をも挿入しそれを「然し」という言葉で接續して、その前後の供述の順序を變えて、記録に現はれた供述とは違った趣旨の摘録をしている。原審第五回公判で裁判長自らも前後二回に亙って「全然違う」と云った「法廷における下沢の證言」即ち原判決が證據として擧示する第一審第三回公判調書中における下沢の供述及び前記原審第五回公判における同人の供述と「檢事聽取書中における同人の供述」とは互に相反する證據である。前者は被告人大久保が大滝代議士等の民主自由黨えの加盟斡旋方の傳言を證人下沢に頼んだのではないという事実であり、後者は右加盟斡旋方の傳言を證人下沢に頼んだという事実である。かゝる相容れない事実から、「大久保が暗に(下沢に)傳言方を慫慂し因て(下沢をして)その旨傳言させた」と判示事実を積極的に認定したのは證據上の理由において齟齬あるものと言はなければならない。

從って論旨はその理由があって原判決は破毀を免れない。

よって爾餘の論旨に對する判斷を省略し刑訴施行法第二條舊刑訴法第四四七條同第四四八條ノ二に從い主文の通り判決する。

右は裁判官全員の一致した意見である。

(裁判長裁判官 塚崎直義 裁判官 長谷川太一郎 裁判官 沢田竹治郎 裁判官 霜山精一 裁判官 栗山 茂 裁判官 真野 毅 裁判官 小谷勝重 裁判官 島 保 裁判官 齋藤悠輔 裁判官 藤田八郎 裁判官 岩松三郎 裁判官 河村又介 裁判官 穂積重遠)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例